ポレポレ東中野で「ある精肉店のはなし」を観た。面白かった。102年続く貝塚屠場での最後の屠殺を追ったドキュメント。屠殺された牛が解体され市場に運ばれるまでの流れ、被差別部落である事への考え、地域社会との関わりなど。監督の主観や先入観や感傷の混じらない淡々とした描写、非常に良かった。
〒164-0003 東京都中野区東中野4丁目4−1 ポレポレ東中野 坐ビル地下
☆ポレポレ東中野☆ 公開予定作品(Archive)
23区
(中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、
江戸川区)
ポレポレ東中野で「ある精肉店のはなし」を観た。面白かった。102年続く貝塚屠場での最後の屠殺を追ったドキュメント。屠殺された牛が解体され市場に運ばれるまでの流れ、被差別部落である事への考え、地域社会との関わりなど。監督の主観や先入観や感傷の混じらない淡々とした描写、非常に良かった。
〒164-0003 東京都中野区東中野4丁目4−1 ポレポレ東中野 坐ビル地下
☆ポレポレ東中野☆ 公開予定作品(Archive)
〒110-0005東京都台東区上野5丁目27-17
03-3835-0443
営業時間:10:00~25:00 日・祝10:30~25:00
定休日:無休
珊瑚ストリート沿い
御徒町駅ガード下。ゲーム機35台。上野には数件しか無いセガネットワーク対戦麻雀MJ3を始めマージャン、アクション、対戦ゲーム、オンラインゲームなどがある。
※2017年3月末をもって閉業したらしい。
▼店頭のレトロゲーム機 アマゾンショック
100円で2個ボールが出て来る(2回分)。
当たると景品が出てくるとのことだが、ボールは2個とも一番上のレーンを転がっただけですぐ一番下のハズレ穴に落ちてしまい、ゲームは30秒も絶たずに終わった。
2016年12月31日 入浴 460円
昔ながらの木造の高天井
番台式
スタンプを自分で押させてもらった。
天井に古時計と七福神?の面、天井扇あり
浴室にペンキ絵あり(夏の湖畔、岸壁の島々、白い灯台、サインなし)
浴室の壁は白基調
様々な岩盤を粉砕して作った岩盤タイルを使用した岩盤泉
鮮やかな濃紺の丸いタイル使用
浴槽は二槽に分かれており、一つはジェットバス
洗い場側一面には魚のモザイクタイル壁画
ハンドドライヤー20円 3分
ドライヤー椅子なし
シャワーの出は良い
シャンプー類の設置なし
客は多く混んでいた
熱湯で評判の銭湯だが、混んでいたせいか浴槽の一つは特に熱湯ではなかった
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-16-4
03-3402-5808
営業時間 15:30~24:00
定休日 月曜
http://www.1010.or.jp/map/item/item-cnt-349
https://gyazo.com/dae28254a046b6a9b93a1f0d0f605ab0
https://goo.gl/maps/iyDJp36WALr
所在地:〒110-0005 東京都台東区上野3−14−5
電話: 03-3831-7305
国登録有形文化財
灰色の建物、古い看板
外観は古いが、場所柄か若い人が意外と多い
番台式
ハンドドライヤー20円
シャンプーボディーソープの設置あり。定番の黄色いケロリン桶あり。
脱衣所ロッカーは花柄。
トイレ前の床タイルが可愛い。
脱衣所天井に富士山と龍の鮮やかな絵が飾ってある。銭湯のペンキ絵風だけど画材はペンキでないような。ペンキ絵よりも丁寧に描いてあるような。確か右下にナカジマサイン入り。
浴室のペンキ絵は、男湯と女湯の間に富士山がひとつ描かれていて、その周りが湖畔になっている。右下に18.6.16 ナカジマのサイン入り。青緑基調の鮮やかな画。
浴槽はひょうたんのような曲線型で2層に分かれている。浴槽の上は溶岩のような黒い岩を利用した立派な岩造りで、滝まで作ってあったが、水は流れていなかった。
深い方が熱いですと書かれていたが、それほど熱く感じなかった。
岩造りの一部分が男性器のようだった。そこだけ不自然に細かい岩が使用してあったので、たぶんわざと。
清掃員出入り口扉の上の半円カーブのオレンジ色の正方形の豆タイルが可愛かった。
寿湯
TEL.03-3844-8886
〒110-0015 東京都台東区東上野5-4-17
今まで何度も素通りしてきたが、はじめて入浴した。お遍路巡礼スタンプノート押印してもらった。近くの上野下アパートはすっかり新しいマンションに建て替わっていた。高齢の地元常連客もいたが、スーツケース持参の若い旅行客やジョギング帰りのランナーもいて混んでいた。
フロント式。フロント前前に券売機あり。フロントの目の前が休憩所になっている。タオルセット50円など、備品が充実していて、手ぶらでの利用も可能。
外観は昔ながらの破風作りの銭湯だが、脱衣所内の備品は新しめで、さほど古さは感じない。脱衣所の天井はおなじみの茶色い板張りの高天井。脱衣所には内部が大理石風のロッカー(大小あり)、無料のハンドドライヤー2機あり。マッサージ椅子やドライヤー椅子などのレトロな器具はなし。浴室のペンキ絵は新しく、右下隅に(記憶が間違ってるかもしれないが)16.6.16の日付が入っていた。サインはなし。青緑基調の初夏の湖畔と残雪の残る高山の絵で、富士山ではない。まるでエアーズロックのようにずんぐりむっくりした形の山で、湖畔にたたずむ家々はビルのように真四角だった。シャワーやカランのお湯の出は良い。洗い場や浴槽のタイルもきれいだった。浴槽の内壁は白地にエメラルドグリーンの縁どりで、これも最近塗り直されたように新しかった。まるで昭和の手芸製品のパイピングのような色合いが可愛らしかった。浴槽はまみどりのすだち湯、ジェットバス、水風呂、露天風呂(鳴子温泉仕様)などに分かれていた。
以前から泊まりたいと思っていた朝陽館本家に泊まってきた。閉館目前にして以前は格安だった宿泊料が割高になっていたので迷ったけど泊まって本当に良かった。宿泊部屋以外の部屋も一部見せて頂いたけど、すべての部屋を見学させて頂きたいと思わせるほど小洒落て遊び心にあふれた純和風木造建築だった。
1904(明治37)年ごろに創業した宿で、手塚治虫がこもって漫画を描いた旅館であることでも有名。でも楽天トラベルの宿泊レビューは新しい施設を好むお客さんから辛辣なレビューを寄せられることもあったようだ。1928(昭和3)年には120軒ほどの旅館がこの辺に軒を並べていたらしい。昭和40年代くらいには50軒にまで減る。現代はまったくその面影もなくなってしまった。
文京建築会ユースにレポートと素敵な写真が乗せられているけれど、自分の撮った写真も載せておこう。
東京都文京区本郷1
味わいのある唐傘天井
松山ビルを見た後、千歳弁天湯という銭湯に入りに行った。
東京都墨田区千歳2-13-12
店主さんが素朴で親切な人柄で、近所の銭湯情報についていろいろ教えてくれた。今年の1月に廃業してしまった墨田区の末広湯は建物はそのままにしてあるが今は誰も住んでいないらしい。あと江東区のときわ湯は今日いきなり店主のお爺さんがやめたと言っていたらしい。まわりの銭湯がどんどんやめていくと千歳弁天湯のお爺さんは嘆いていた。
江東区のときわ湯は以前一度入ったことあるけど、NHK美の壺の本にも載ってた銭湯で、りっぱな富士山のペンキ絵がある伝統的な銭湯。廃業が本当なら残念だ…。
銭湯 (NHK美の壺) : NHK「美の壺」制作班 : 本 : Amazon.co.jp
今日は急行はまなすラストランだ。
JR急行、明治以来の歴史に幕 「はまなす」最後の出発 – 共同通信 47NEWShttps://t.co/B67WuGwjtM
— 47NEWS (@47news) March 21, 2016
まるでバーみたいにお洒落な暗室
三好心さんの写真作品
外壁のスクラッチタイルは残念ながら塗りつぶされていてオリジナルの部分は一部しか見ることができない。
トイレの鍵の字が右書きだ
解体工事票
もしかして同時刻に同じ場所から写真を撮って少し会話をかわした方…?
松山ビルの屋上部分、正面は大きな看板に隠れて見えないけれど、裏側に回るとこんな感じ。表現主義的なデザインがかっこいい。 pic.twitter.com/VDaH2KDCjS
— 森伸之 (@gooitch) 2016年3月21日
ありがとう松山ビル
先程無事終了致しました。
1000人を超える大変多くの方に御来場頂き、ありがとうございました。
また、皆さんに沢山の宣伝と激励を頂き感謝致します!
※本日写真家の谷さんに撮影頂いた写真です。ありがとうございます pic.twitter.com/7j9eohtC28— 藝術寫眞家 三好心 (@ShinMiyoshi) 2016年3月21日
同じく両国にあるこの廃墟のようなビルも気になってる。
2016年(平成28年)2月末をもって閉館した豊島公会堂の見学に行ってきた(追記:跡地には東京建物Blliriaホール豊島区立芸術文化劇場が令和元年11月に開館)。高校生の頃、あるライブイベントが開催されて出かけたきりだけれど、久々に訪れたホールは驚くほどこぢんまりとした外観で驚いた。正面は特に小さく感じる。中に入ってみるとそれなりの規模があると感じるのだけれど。
この豊島公会堂は1952年(昭和27年)に区民らからの寄付で建てられた鉄筋コンクリート造2階建てのホール。1950年10月29日完成。豊島公会堂としては2代目で、その前には1938年竣工の初代があった。しかし1945年(昭和20年)4月13日の空襲によりわずか7年で焼け落ちてしまう。この建物は戦後7年目にして建てられた。
東京都豊島区東池袋1-19-1
明るい採光のロビー
劇場案内
3階の映写室とピンルーム
ホール客席
地下楽屋入口
地下楽屋
薄暗くて怪しげな空気あって良い
地下電灯用装置
ミキサー室
控室1
<img” src=”/img/2016/03/DSC06084.jpg” alt=”豊島公会堂 控室1″ width=”600″ height=”400″ />
控室2
ステージの寄せ書き
新宿ミラノ座の解体前の姿を記念撮影に行った後、ふと思い立ち、上野オークラ劇場に足を運んでみた。
12月24日から解体工事が始まると聞いていたので、とっくに看板類は撤去されてるだろなーと思っていたが、まだあまり手をつけられていないようだった。
▼上野オークラ劇場 解体標
館内に入ったことはないのだけど、わりとお爺さんが多い雰囲気なのよね。新橋ロマン劇場はレディースシートがあったので抵抗なく入れたけど、上野オークラ劇場はカップルで入っても異様な雰囲気を感じて怖かったという意見を聞いたことがあるので、到底入れる勇気もなく。
▼個人的には通常プログラムよりこっちの方に惹かれる。なんだこれは。
▼下町風俗資料館の前でホームレスの人達が花札をして盛り上がっていた。楽しそうな様子なら安心だけど、他のホームレスの人達の中には怒った様子で大量の空き缶を投げている人もいて、ちょっと怖い。
▼アメ横に向かう。みなとや上野2号店という海鮮丼屋が安くて空いていて、女性一人客もいたので、入ってみた。500円のネギトロ丼を注文すると1分位で出てきてビックリ。質も量も値段なりという感じで、はっきり言うと非常に質素だった。でも中国人っぽい男性店員の接客態度は結構良かったな。
アイスクリーム等のデザート類も安く売っている。はじめはそっちを注文するつもりだったのに丼物選びに気を取られて忘れてしまった。
▼ネパールのウール100%の極太毛糸の手袋をアメ横で購入。北海道行きに備えて欲しかった所だったけど安く買えて助かった。
▼ワゴンに大量の衣類をざっくばらんに積み上げて販売している店舗。たたんできれいに見せる作業がない所にすごいパワーを感じる。
▼御徒町の純喫茶・丘。残念ながら定休日。
▼東京電力(株)下谷変電所。すっかり解体されて更地になっていた。ショック…。
▼ストリートビュー。在りし日の下谷変電所の姿。昭和初期に造られたモダン建築だった。
▼昭和な雑貨ショップ越中屋。
台所用品や生活用品、贈答用品、籐製品、たばこ等、様々な雑貨が所狭しと並べられている。明るい時に外観を眺めたい店舗。タイル使いも可愛らしい。
▼宇山あゆみ調な陶器の猫。
▼越中屋のとなりは喫茶店 珈琲・王城。
▼喫茶「王城」でホットコーヒーを550円で注文。2杯目以降は200円で飲めるのは嬉しいサービス。
「王城」という名前と看板はすごく好みなのだが、極端に混んでるわけでもないのに女性店員さんの対応が事務的で、せかすようにメニューやシュガーポットを持って行ってしまうので、あまり居心地よくなくて、2杯目200円のコーヒーも注文せずに出てきてしまった。純喫茶って雰囲気は良さ気だけど、実際行ってみると人気店でも窮屈感を感じる所がわりと多いよなーと思う。
▼少し離れた所にあった喫茶マドンナー。「ナー」と伸ばすのに惹かれる。
▼男性専用サウナと聞くとついハッテン場を想像してしまうな。
新宿ミラノ座が今日から解体されるというから、記念撮影してきた。といっても前回入館したのが10年以上も前の少女椿の時なんだけど…
ほんとは去年の暮れの閉館の時に訪れたかったけど、婆ちゃん猫の介護とかあったし、無理だったんだ…
▼西武新宿駅側
▼パッチワークのような壁面
廃業したテナントの前を通ったら、何か臭い…?
足元を見ると店舗のシャッター前に排泄物(半固形)が…
ここは歌舞伎町だからな
▼ミラノ座の解体標
▼隣接するアドアーズミラノ店と磯善も解体される。共に特徴的なピンクの建物。
▼ミラノ座の写真を撮っていたら、目の前を派手な格好した人が自転車で颯爽と通り過ぎていった。新宿タイガーさんかな。
▼細路地に面した中銀新宿第三ビル。昭和なスナックや焼き鳥屋が入居してる。
▼コパボウルとかゲーセンとか
ついでに周辺をうろうろと。
▼ハッピィ日の丸。すごいセンスの外装。タコの吸盤にしか思えない。
▼しびれるキャバレー日の丸の電飾看板
▼まるでモンドリアンのようなビルを建設中だった。隣のビルの角が丸い窓が可愛い。
四葉ビル
四葉ビルとタテハナビル
タテハナビルにはホストクラブがあるようで、中央の階段がまるでステージの花道に見える。新宿LOFTがここにあるのは初めて知った。
▼天然果汁を作る店マルス。ネーミングと佇まいが気になる店。
I LOVE 歌舞伎町 アイラブ歌舞伎町 ハヤシビル
日本空間デザイン賞に入賞してるらしい。
元ネタのI LOVE NYあまり好きじゃないけど、デザインしたミルトン・グレイザーはわりと好きだったりする。
あかひげ薬局。
オカダヤ。自分で洋服を作ってた時はわりと立ち寄ったものだった。最近は全然作ってないからご無沙汰してるけど。今はコスプレ好きな人にアピールするご時世なんだろうなー。廃業しないでいてくれることを願う。
マルトモビル。屋外に錆びた螺旋階段。
ストリートビューを見ても分かる通り、なかなか場末感のある古い雑居ビル。
新宿グリーンプラザ。昔1~2度リ・ラックスパシンジュクを利用したことがあるが、浴場がなかなかレトロだったような記憶がある(もしかしたら近場のルビーパレスと記憶がごっちゃになってるかも)。それ以来メールでクーポン券が送られてくるが、なかなか利用する機会がない。
若松孝二監督の映画「新宿マッド」(1970)にも出てきた新宿地下街の裸婦レリーフ。裸婦の両脇には「之をなしとげしものは人間の協力の総和」「偉大なる哉 人間の協力の総和 実篤」の歌碑(?)レリーフもあり。どうやら昭和30年代に作られた武者小路実篤関連のモニュメントっぽい。
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京王線には新しい車両が。
高尾山PRということで懐かしの2000系カラーを9月30日から復刻したらしい。
高尾山の温泉開湯のヘッドマーク。
営業上煽りをもろに食らいそうなふろッぴィ、今後どうなるかな…
文京区の菊水湯の営業最終日。
春日駅から歩いて菊水湯に行き、帰りは水道橋駅まで歩いた。
この辺は昔の情緒が所々に残っている町。
▼都営大江戸線の春日駅にて駅スタンプ押印。改札内に設置してある。全1個。
▼A3だかA4だかよくわからないが、春日駅と後楽園駅が一緒になってる出口から出た。駅を出たら頭の真にシビックセンターがあってびっくりした。
この辺あまり来ないから唐突に奇抜な建造物に出くわすと驚いちゃうわー(おのぼりさん)。
▼めったに来ないから東京ドームの屋根見るだけでもどきどきしちゃうんだが、それよりも手前の階段上の建物が気になった。これが後楽園駅なのらしい。裏側のごちゃごちゃ具合、昭和の雑居ビルかと思った(目が悪いのでこの時は後楽園駅の文字がみえなかった)。
▼横断歩道をわたるときに気になる感じのレトロな建物があった。東京電力の大塚制御所という施設らしいが、この辺は再開発事業の指定地域に入ってる。2015年5月のストリートビューでは既に解体告知の看板まで設置されている。建築史的な価値はないんだろうけど、いいビル系で好きだわー。
▼後楽園ビューハイツ
名前に時代を感じるマンション。1978年5月(昭和53年)築らしい。
道幅のわりに高い建物がそそり立ってる感じ、ニューヨークみたいだな。
▼右側の一連のビルは再開発により軒並み消える予定
▼この辺は旧春日町(三丁目)らしい
▼多津美寿司のわきの道を奥にはいってみる。細い路地に古い木造家屋が取り残されていた。高いビルに見下され窮屈そうだけど、ここだけ時が止まったような情緒が。
▼家屋の塀には再開発告知の看板が貼られていた
▼ここもいつ貼られたものなんだろうか
▼ここも解体予定のアパート
▼測量会館のビルがこんな裏路地にあるとは思わなかった。日本測量協会は3月30日(月)に移転済みの告知が貼ってある。
▼地図には別の通りに抜ける道が記載されているのに、該当する場所にはこれといった道がなく、一見して行き止まりのように見える光景で戸惑う。
▼戸惑いつつも地図のままに歩むと家屋と家屋の間に道とはいえなそうな道(通路)が存在していた。これ私道かな通っていいんかいなと狼狽えながらも…まわりがアパートなので一応セーフそう。ってか、ここも再開発指定地域なのでいずれ区画整理されてこの道も消える運命だと思うので、記念通行。
▼再開発で消える運命の路地
▼室外機がたくさんついてる春日スカイハイツビルや、その隣の古ビル、手前の低層家屋も消える予定。室外機のある光景、好きなんだよな。再開発はこの辺のアーケードのある商店街まで行われる模様。
▼白山通りを横断し、工事中のシビックランド日成の跡地の脇の道をとおって清和公園へ。古い石垣が気になる。
▼清和公園に昭和8年の石柱があった
参考:文京区 清和公園
『戦前にはすでに遊び場として利用されていましたが、戦災により荒廃していました。近隣住民の署名運動により、昭和26年(1951年)に東京都立公園として開園した後、文京区に移管され、昭和56年から57年にかけて改修を行いました。』
昔は右京山と言われていて、小説の姿三四郎が桧垣源之助と決闘を行った「右京が原」とはここのことらしい。
明治時代~昭和前期までの地形図を見ると、この辺は昔からぜんぜん地形が変わってないんだな。それと、昭和前期(戦前)までずっと謎の★記号が地図上にある。
ヤフー知恵袋に『昔の地図記号のことで教えていただきたいのですが、以前、知恵袋の質問に「☆(星形)の地図記号ってありますか?」というのが出ていて…』という質問があったけど、いまいち何だかわからず。『戦況地図の見方 – 歴史 _ 教えて!goo』でも「星型マークは司令部」と書いてある。やっぱ陸軍司令部のマークだろうか。
▼右京山(清和公園)を抜けて少し歩くと、古建築にしか見えない小洒落たマンサード屋根の民家が見えてきた。史跡とか文化財に指定されていてもおかしくなさそうな見た目なのに、現役住宅なのでちょっと困惑。あとで調べたら、やはり旧東京市営真砂町住宅という大正12年築の古建築だった。古建築だけど、ちゃんと手入れが行き届いていてとてもきれいだ。
参考:文京区本郷の近代建築|東京都文京区 – 伝統の日本紀行伝統の日本紀行
参考:旧東京市営真砂町住宅(東京都文京区)_ 日常旅行日記
参考:東京市営真砂町住宅(1)/文京区本郷4丁目 – ぼくの近代建築コレクション
東京市は1923年(大正12年)~1925年(大正14年)に本郷台の右京山を開発し、住宅不足緩和のために真砂町に公営住宅を46棟75戸建てた。この2棟は第2期に造られたものらしい。
▼こちらも近くにあった旧東京市営真砂町住宅の民家
古建築が退役せず現役のまま大切に使われ続けている光景はいいものだな
▼明治時代~1950年の地形図で田町と表記されてるあたり。中層ビルと低層民家がごっちゃになっていて面白い。南に清和公園(右京山)があり、昔からこの辺りはいびつな地形になっていたみたいだ。
▼いびつな道を折れて菊水湯の方に向かって行く。丈のある古い石垣が気になる。どうやらこの辺の石垣は大谷石を使っているらしい。先ほどの清和公園の石垣も大谷石だったのだろう。いつか巨大地下空間のある大谷資料館に行ってみたい。
▼石垣にあいた穴が面白い。自然の年月が生み出した造形だろうな。こんなのもあった→大谷石の石垣アート:豊島区・文京区にて ( 東京都 ) – 日々の泡 L’Écume des jours – Yahoo!ブログ。人工と自然が庶民的な形で共存してる。
▼この辺は旧菊坂町らしい。昭和40年までの町名。500年以上も前の昔、長禄年間(1457-1460)このあたりは菊畑が広がっていたらしい。
参考:佳景探訪 – 本郷/菊坂界隈(東京都文京区)
▼更に細い路地際には丸窓のある古民家も残る
▼コンクリート製ながら、地形に沿った曲線の造成がおもしろい
▼鐙坂(あぶみざか)入口の三叉路に到着
▼鐙坂の石垣 いい石垣
▼鐙坂 反対側は大谷石(?)の石垣
▼鐙坂。狭い路地への入口。樋口一葉の旧居跡へはここからも行けるみたい。
▼狭い路地の入口の石垣には「相生荘」の表札があった。しかし地図でしらべると現在この辺には「相生荘」という名のアパートはない。
▼昭和の小中学校の図画工作などでも好まれた銅板工作のレリーフだな。いい味わい。
▼鐙坂から菊水湯の煙突がみえる
▼鐙坂にて2つ目の細路地。ここから樋口一葉の旧居跡へ行ける。
▼鐙坂には金田一京助・春彦の旧居跡もある
▼この辺は旧真砂町らしい
▼鐙坂を登り切ったところには財務省関東財務局の真砂住宅がある
▼蔦だらけのすてきな古家屋がある
▼電線までもが蔦まみれ
▼文京区の下水道マンホール
▼鐙坂を引き返して、菊水湯に向かう
菊水湯(きくすいゆ)
〒113-0033 東京都文京区本郷4丁目30−16
03-3815-2637
営業時間 15:30~25:00
定休日 金曜
2015年9月30日をもって廃業
460円
唐破風、懸魚飾り、富士山の大きなペンキ絵、井戸水、薪炊き、高い天井、宝寿湯、日替りハーブ湯(冬のみ)、番台、昭和造りの昔風の銭湯
▼菊水湯の向かいには「バーバーみながわ」がある。可愛らしくも味わい深い家屋
▼バーバーみながわ 店頭のぶどう棚は実がなっていた
▼バーバーみながわ
▼バーバーみながわ やばいタイルかわいい
▼菊坂と菊水湯を結ぶ小さな階段
▼菊水湯のわきには昔ながらのダストボックスが残る。昭和のダストボックス好き。
▼営業最終日なので、菊水湯前には人だかり。三脚やビデオカメラを抱えた撮影隊もいた。なんとかタイミングを見計らって人のいない写真を撮影。桜湯は明治時代に営業を始めたとされ、100年以上の歴史をもつ銭湯だった。
▼菊水湯 建築計画のお知らせ
▼夭本医院という産婦人科は既にない模様
▼菊水湯 閉業の挨拶
▼菊水湯 下駄箱
▼下駄箱はあたらしめだが、傘ロッカーは定番のレトロなさくら製
▼この日も深夜1時までの営業だった。東大やNHKも撮影にきたし、結構な人が最後まで見送ったのかな。
▼脱衣所入口。脱衣所には金魚や亀を飼ってる水槽が3つもあった。番台の写真も撮らせていただいた。
▼営業最終日だからか入浴客全員に菊水湯の名入りのタオルを配布していた。ありがたく頂く。
▼脱衣所の置物
▼このカエルが可愛くてヤバイ
▼ちょうど湯上がりに脱衣所のテレビで菊水湯閉業のニュースを放送しだした。菊水湯にいながら菊水湯のニュースを見るというシチュエーションに入浴客の間でクスクス笑いが起きる。
記憶にある限りの菊水湯の浴室(女湯)のメモ。ペンキ絵は浴槽側と出入り口側の二ヶ所あり。入口は立山ライトレールの絵。浴槽側は富士道(だったと思う)2011.5.13ナカジマサイン入り。宝寿湯(ぬるい薬湯)と、通常湯温のエレキマッサージ湯とポイントマッサージ湯。浴槽は2つ。シャワー台は20個以上あり。シャワーの勢いがとても良い。ハンドドライヤーは故障していて使えなかった。ドライヤー椅子も使えず、生乾きのまま出てきた。冬じゃなくて良かった。定番のレトロなドライヤー椅子、籐カゴ、ケロリン桶、さくら下駄箱あり。番台式。
東大の研究グループが360度の画角で撮影できるカメラを持ち込んで撮影していったというから、浴室の写真もいずれ公開されることを期待したい。
▼湯上り後、鐙坂を登って水道橋駅に向かう
▼背の高いビルの合間に古い家屋が残された一角を見かける
▼この辺は旧弓町というらしい
▼朝陽館 本家という純和風な旅館を見かけた。以下のブログで室内写真を確認できるが、宿泊料が極端に高いわけでもないし、いつか泊まってみたい気分にも駆られる。
参考:きまじめチキン日記_朝陽館 本家 – livedoor Blog(ブログ)
▼本郷ハウスという昭和感あふれながらも奇抜な形のビルをみかける。
↓こちらのブログのほうが明るい時の写真で奇抜な全体像がわかりやすい。
参考:異形のせり出しタワー 「本郷ハウス」 -東京冒険紀行
↓以下のブログ、サイトにも別アングル写真が掲載されている。不動産屋の物件情報にすら「畏怖すら感じる圧倒的な迫力。要塞の名がふさわしい質実剛健のヴィンテージマンション」と書かれてるのはすごい。
本郷ハウス 808号室 (文京区の不動産情報)実用春日ホーム
鳳明館、炭団坂、朝陽館本家 本郷の木造旅館と坂 – 墳丘からの眺め
ストリートビューもすごい
▼東洋学園大学本郷キャンパスのモザイクレリーフ。建築家今井兼次によるデザインで1961年完成。2007年竣工の新1号館に引き継がれたらしい。
▼佐藤桂子舞踊研究所なる建物をみかける
▼昭和2年(1927年)築の旧元町小学校(現・順天堂病後児ルームみつばち)に行き当たる
参考:震災復興小学校と公園、旧元町小学校・元町公園|東京都文京区 – 伝統の日本紀行伝統の日本紀行
▼このあたりは旧元町一丁目らしい
▼昭和4年築の昭和第一高等学校(旧昭和第一商業学校)の校舎
屋外のテニスコートでは生徒たちがテニスの試合(練習?)をしていた
参考:ノスタルジックなレトロ建築を訪ねてみよう!~文京区本郷~
▼旧元町小学校と昭和第一高等学校(旧昭和第一商業学校)の間の坂道をくだっていく
▼元町公園の壁に不自然に塗りつぶしたことがわかる謎のセメント穴が2ヶ所ある。
これなんだ?
セメントの質が悪く無造作な埋め方なので、隙間から雑草が生えている。
不自然な昭和のトマソン…
ぐぐってみると、元町公園と元町小学校は、関東大震災後に、復興公園および復興小学校として建設されたもので、1943年頃には公園の下に防空壕が造られたらしい。この横穴はその防空壕の何らかの遺構ではないかとの噂。こういうちょっと薄気味悪さを感じさせる都会の情景イイ!(・∀・)
参考:真夏の夜のミステリー「横穴跡とトイレの花子さん、731部隊」 _ 東京坂道ゆるラン
参考:元町公園いろいろ年表
▼水道駅に到着。改札外に設置してある駅スタンプを1個押印して電車に乗った。