男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)付近の散策


男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

児童の過疎化で2001年に廃校になってしまった秋田県・男鹿半島の加茂青砂小学校。
人の少ない小さな漁港に昭和3年(1914年)築の古い木造校舎は125年の歴史をひっそり思い返すように静かにたたずんでいた。
現在この校舎は「ふるさと学習施設」として時々活用され、登録有形文化財(第05-0072~0073号)になっている。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼私の小学校の校章と微妙に似ている・・・。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼体育館の入り口。これが体育館なんて渋~い!

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

薄暗い天気と相まってゴシックなお化け屋敷みたいな雰囲気があるのがイイ

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼体育館をのぞいて見ると、ま~っ暗だけど、きちんとコートになっていて、今でも十分使用できそうなのだった。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼玄関の前に「お知らせ 旧加茂青砂小学校は、普段校舎の中へは入れません。
見学をご希望される場合は、あらかじめ教育委員会生涯学習課文化財係へご連絡 くださればご案内いたします。
連絡先電話番号 23-2111 内線2125番 男鹿市教育委員会」という張り紙が貼ってあった。
な~~んと連絡すれば見学できたとは・・・・見れなくて悔しい。orz
仕方ないので、外のガラス窓越しに中をのぞいてみた。
一応内部は当時のままにしてあるよう。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼正面玄関から中をのぞいてみた。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼教室。ガラス窓がほこりで汚れていたので写真が汚いけど、小さな机と椅子が可愛らしかった!
ここではたくさん机が並んでいるけれど、廃校間際の年には児童数6名だったそう。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼大人用サイズの机が並ぶ、職員室と思われるところ。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼校長室・・・かなぁ?
子供のとき、用務員室とか校長室とか保健室というのは特別な大人の領域だった。
大人になった今のぞいてみても、やっぱり子供の教室とは違った特別な雰囲気を感じる(笑)。

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼用務員室・・・?

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼ベッドがあるので・・・保健室?

男鹿市立 加茂青砂小学校(廃校)

▼校舎の前にある門と公園も静かにたたずんでいた。

加茂青砂小学校 校舎の前にある門と公園

▼加茂青砂小学校はこんな場所にある。
真ん中の赤い屋根あたりが小学校。

加茂青砂小学校

加茂青砂

合川南小学校 児童慰霊塔

近くに日本海中部地震津波殉難 合川南小学校 児童慰霊塔の石碑があります。
日本海中部地震は1983年5月26日の12時頃発生した地震。
遠足に来てお昼ごはんの最中だった北秋田郡・合川南小学校の児童43人が高波に襲われ、29人が救助され、残る14人が行方不明・死亡となりました。
男鹿半島の北西約70キロ、M7,7。
この地震と津波による総合死者は104名。住家全半壊 3,049棟、船舶沈没・流出 706隻。

日本海中部地震津波殉難 合川南小学校 児童慰霊塔の石碑

日本海中部地震津波殉難 合川南小学校 児童慰霊塔の石碑

加茂青砂部落の浜辺 カンカネ洞

近くにあるカンカネ洞。

カンカネ洞の由来
カンカネ洞は加茂青砂部落はずれの浜辺にあり、昔は「カギカケの穴」と呼ばれていました。それは当時、門前から加茂青砂のカンカネ洞まで来たところ、道が途絶えていたため、ここを通る人は岸壁にカギをかけて登ったことからそう呼ばれたのです。
岩上険阻で人馬が通れず、訪れる人もまれな部落でありましたが、夜には錠前をおろして怪しい者の侵入に備えました。その錠前をカンカネと呼んでいたことから、しだいにカギ=カンカネ、カンカネ洞と言われるようになったものです。
洞の中の広さはおよそ五十坪、高さは七丈、海に面した方に二つの大きな窓があり、押し寄せるさざ波が、洞の中でさらさらと静かに反響しています。

カンカネ洞

カンカネ洞

浜が青い

カンカネ洞付近の浜辺 加茂青砂部落

石仏龕(市指定文化財)

石仏龕(市指定文化財)

石仏龕(市指定文化財)

路線バス 加茂バス停

時刻表

路線バス 加茂バス停

路線バス 加茂バス停 

加茂青砂の路地

廃アパート

加茂の町で見かけた廃アパート

加茂青砂の路地

加茂青砂の路地

加茂青砂の路地

加茂青砂の路地

加茂漁港

加茂漁港

加茂青砂付近の観光ショップ

加茂青砂付近の観光ショップ

加茂青砂

加茂着のバスは1日4本、9:31着(男鹿8:11発)、10:27着(男鹿9:07発)、12:20着、18:49着。
加茂から男鹿行きのバスも1日4本、6:42発、7:48発、11:58発、15:26発。
男鹿の駅から揺られること約1時間20分、途中1度乗換えがある。
1日たった4本のバスにもお客さんはほとんどいなかった・・・。
加茂行きのバスが開通したのは昭和42年だそうだけど、かつてはもっとバスの本数があったのかな?
小さな町なので、バス停から数分歩くと着く。
料金は片道1060円くらい。

住所 〒010-0671秋田県男鹿市戸賀加茂青砂字山道添38番地
電話番号  0185-23-2111(男鹿市教育委員会)

参考:
小学校ホームページ
文部科学省 廃校リニューアル50選-7.加茂青砂ふるさと学習施設

加茂青砂小学校 地図 

地図 :
MapFan
ゼンリン

五万分一地形図「戸賀」 男鹿島5号
大正元年測図
昭和14年修正測図
参謀本部

日記 2007年01月18日 23:22

秋田は雪が積もっているが、今日は比較的暖かめだったのか、それともいつもこんな感じなのか、海側では時々雪に混じり雨がパラついた。
男鹿半島の先端の方にある男鹿市立加茂青砂小学校。
今日はそこに行ったのだが、いくら1km先にリゾートホテルの立地する環境といっても基本的にバスが1日4本の過疎地、人影は非常にまばらだった。
加茂青砂小学校は昭和3年に建てられた校舎が重要文化財に指定されているのだが、生徒の数が一桁と少なく、6年位前に廃校になってしまった。
文化財と言ってもどの程度手入れがされているのかは分からない。
山に囲まれた寂れた漁港の街にその小さな校舎は埋もれて建っていて、「小学校」の門札がなければただの古い小屋と間違えて通り過ぎてしまいそうな状態だった。
でもガラス窓越しに覗いた教室、職員室、校長室、用務員室、そして体育館は、どれも当時のままと思われ、なんだか時が遠い昔の夢の中で止まってしまったように思われ、とても素敵だった。
事前に連絡すれば中を見学させてもらえるらしいが、できればこのまま観光客スレする事もなく、ひっそりと町の中に埋もれて建っていて欲しいものだと思った。

秋田の旅館
秋田県内を更に移動し、またしても両親の実家の地にやって来た。
そして前から気になって仕方がなかった素泊まり3000円という某旅館に宿泊。
この旅館、いつからあるのか分からない、30年以上は経っていそうな純和風の作りで、8畳間も今の10畳に近いのではないかと思われる位に広く、しかもあちらこちらに人形や掛け軸や古い鏡台があったりするので、結構おどろおどろしい。
でもそのおどろおどろしさに何故かわくわくしてしまう。
女将さんが大変個性的な雰囲気で、つげ義春のゲンセンカンの女将さんを思い出してしまった。
今こういう旅館ってどこも減ってきてるのかな。 夜はしんしんと雪が降り、街は一部の飲み屋を除いて9時頃に寝てしまう。
「何かが出てきそう」な静けさ。
闇というものがこんなにもミステリアスで恐ろしく感じられる事は、東京ではほとんど有り得ない。
コンビニの24時間のこうこうとした電気は便利だけれど、人から「闇の恐怖」という物を奪ってしまったような気もする。
「闇の恐怖」がなければ、幻想も琅漫も生まれにくい。
何となくそんな気がしてしまう。
男鹿の駅で、コンタクトレンズを片眼落としてしまったのが痛い。眼鏡も忘れたので見辛い。 何だかんだで長文書いてしまった。興奮冷め遣らぬうちに。寝る。

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